第8回 ニコ技深圳観察会 感想

Android等の組込アプリの開発を担当しているソフトウェアエンジニアの木村です。

2017/11/10~12 の Maker Faire ShenZhen に出展側で参加させて頂いたご縁もあって、2018/3/18〜21に行われたスイッチサイエンスの高須さん主催のニコ技深圳観察会に参加してきました。


ニコ技深圳観察会は、3日間という期間で、高須さんガイドで
中国広東省の深圳の物づくりの現場・・金型工場から回路基板作成工場、世界的なハードウェアStartup企業、さらにアクセラレータ、Makerスペースまで駆け足で観察するツアーです。

 

今回の第8回 ニコ技深圳観察会の参加条件として、ブログアップが必須となっております。他の参加者もブログをアップしております。参加者はむちゃくちゃ濃い方々ばかりなので、圧倒される熱量のブログがアップされていくと思います。

なお、本ブログの構成は過去観察会参加者の平野さんのブログを参考にさせて頂きました。ありがとうございました。


観察会参加に賛同・応援してくれた家族、その間、娘(1歳)の面倒を見て頂いた妻のご両親にも感謝いたします。

 


 記事一覧


0.深圳の概要
1.深圳エコシステム
 1.1. 深圳の開発の速さと、それを可能にする文化
 1.2. 深圳企業の新陳代謝の速さ
 1.3. 深圳の理系大学の強さ
 1.4. 深圳の海外の人材を呼び寄せる熱量
 1.5. 新しい「中国」南山地区
2.語学の重要性
3.感想というか妄想
4.参考サイト、参考文献等

 

 


0.深圳の概要


深圳の概要は、以下のJETROの資料「深圳スタイル」に纏まっています。

https://www.jetro.go.jp/ext_images/jfile/report/07000525/china_shenzhen_style_pro2.pdf

・深圳の場所(香港と隣接)、大きさ(東京都くらい)
・深圳の人口構成(中国全土から出稼ぎが集まり、若者が圧倒的に多い)
・深圳の歴史(経済特区として発展)
 ※2011年3月作成の資料ですが、上記3点は本質的には不変です。

 

以下の高須さんの記事に「深圳の今」の概要が纏まっています。

 

上記資料を踏まえ、本ブログでは、本観察会を通して私が個人的に感じたことについて書かせて頂きます。

 


1.深圳エコシステム


エコシステムについてご興味のある方は「4.参考サイト、参考文献等」に参考書籍を載せてありますので、ご参照ください。

 
以下はSeeed AMCに掲げてあった標語です。
「まず自分でやって、それから人にお願いしよう!」という
Maker、DIYのポリシーが掲げられていました。

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1.1. 深圳の開発の速さと、それを可能にする文化


深圳の圧倒的なスピードの速さは、深圳の最大のメリットの1つとして挙げられると思います。車で1時間の範囲に金型工場、射出工場、回路基板工場、組み立て工場、ソフトウェア開発ができる企業が集積されていることをバックに、一気に製品を開発して早めにリリースし、超高速でアップデートを繰り返すことで品質を上げ市場を取っていきます。
初期リリースはバグが残っていたり見た目に難がある場合もありますが、日本と違い、「まぁいいか」で見逃してあげる大陸の大らかさでそれほど問題にはならないようです。コストパフォーマンスにも優れているので、深圳の製品は顧客からも選ばれ、結果的にビジネスで勝利を掴んでいっています。

 

スピードとコストパフォーマンスについて、観察会2日目に訪問したCityEasyを例に出します。CityEasyは、Pepperやロボホンのようなロボットを開発している企業です。

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日本企業はPepperのような高性能・汎用的で革新的なロボットをリリースします。
Pepperは本当に凄いロボットなのですが、その分高価格になることは避けられず、
また価格をギリギリに抑えているので、開発企業に利益はあまり入らないようです。
Pepperは独自部品が多いのでメンテナンスコストも高くなり、顧客にとっては気軽に手を出しにくいそうです。
一方でCityEasyは顧客の用途別に機能を制限したロボットをリリースし、価格を抑えながら開発企業の利益も確保しています。
枯れた技術や開発既存部品の組み合わせで作っているのでメンテナンスコストも抑えられます。結果的にCityEasyは顧客からも選ばれているそうです。
Pepperは2015年リリース以降に後継機種は出ておりませんが(2018年3月24日現在)、
CityEasyのロボットの後継機種は続々開発されているようです。

 

枯れた技術を組み合わせて「どこかで見たことのあるもの」を超高速で作り上げることが出来るのが深圳の強さだと、高須さんの講演でも言われていました。今回の観察会を通して、実感させて頂くことが出来ました。

 

個人的には、日本企業の製品は世界最高レベルだと思っています。(電子産業ではありませんが、Zガンダムのガンプラとか芸術っぽい物は日本工場でないと製造できなそう)
素晴らしいことなのですが、時にはそれらが「こうあらねばいけない」という足かせになって、スピードを出しにくくなってしまっているのではないかとも感じました。

「自分達が納得できる最高の製品を出すこと」と「ビジネスで勝つこと」は別にして考えなければいけない、「早めにリリースして顧客からフィードバックを受け、改良を繰り返してビジネスで勝つ」ことが重要となるシーンが多いことを改めて感じました。

 また、これらの開発方式は、ソフトウェアではアジャイル開発やプロトタイピング開発で馴染みがありますが、ハードウェアでも出来てしまうのが深圳の凄さだと思いました。

  


1.2. 深圳企業の新陳代謝の速さ


観察会2日目に訪問したKANDAOを例に出します。

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KANDAOは、VRで見れる3D映像を撮影するカメラを開発している Startup企業です。
「空間の奥行」も把握することが出来、そのデモに皆が驚嘆していました。

KANDAOのプレゼン後の質疑応答で、観察会参加者から以下の質問がありました。
「複数の魚眼レンズを使っているので歪みが出てしまうと思うが、どう解決しているのか?」
「レンズではなく、ソフトウェアで解決した」とKANDAOの方は答えられました。


もし歴史あるレンズメーカーが本カメラの開発元だったら、レンズを特殊改造することで解決しようと奮闘したと思います。しかし、このやり方だと、ソフトウェアで解決する製品よりも値段が跳ね上がるでしょう。結果、コスパの悪い商品として顧客から選ばれなくなり、ビジネスとして成り立たなくなる恐れがあります。
しがらみが少なく、柔軟に対応出来るのがStartup企業の強みだと改めて感じました。

ただ、今のStartup企業も年月を経ればしがらみを避けられなくなるかもしれません。
そこで、Startup企業の新陳代謝で解決するシステムを中国政府は目指そうとしているように思われます。 深圳では、Startup企業を成功させた経営者が40代で投資家になりStartupを支援するエンジェル投資家等に廻ることが多いそうです。この流れも深圳のエコシステムの一翼を担っているそうです。

観察会OBの湯村さんは、「深圳は量産型イノベーションの街だ。未来がわからない時は鮭の産卵のようにStartupを大量に発生させ生き残ったモノを選ぶ、遺伝的アルゴリズムのような仕組みが強い」と言われているそうです。

 

なお、Startupは1年後はなくなっているかもしれない企業でもあります。
製品が故障した時、そもそもそのStartupがなくなっている可能性もあるわけです。
しかし、華強北の修理職人達であれば、どんな製品でも直してしまうのでしょう。新陳代謝の速さを補完する機能も深圳のエコシステムは備えています。Version4.0とかまで生き残ったものが世界に出ていくのでしょう。

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1.3. 深圳の理系大学の強さ


深圳大学はハイテクベンチャーを輩出する南山区にあり、テンセント(騰訊)、バイドゥ(百度)、アリババ(阿里巴巴)等の超一流企業に囲まれています。深圳大学、テンセントの位置については「4.参考サイト、参考文献等」をご参照ください。

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なお、テンセントは時価総額60兆円越えの世界的な起業です。中国IT起業の躍進については以下の記事をご参照ください。


寮からテンセントのビルが見えます(「騰訊」の文字が見えるビル)。学生にとっては憧れの一流企業。。なお、テンセント創業者の馬化騰は深圳大学出身だそうです。また、南山区に理系の大学が集結しつつあるらしいです。 

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精華大学、中文大学・・様々な大学の分校が深圳に進出し、膨大な量の大学発Startupが作られているそうです。学生が思いついた変わったサービスやデバイスを、深圳大学に持って来て実験することが出来るそうです。ただ、実際にブレイクした大学発Startupは高須さんも知らないそう。。まだこれからの分野だと思われます。

以下は深圳大学で見かけた謎のロボット。補助なしで2輪で動いています。何のデータを集めているのだろうか。。

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UberEatsのような、食事を届ける宅配サービスを深圳大学の寮で見かけました。
学食があるのに利用する理由がちょっと想像つきませんでした。。寮から出るのが手間なのでしょうか??また、スタッフとの受け渡しの煩わしさを軽減するため、寮の入口に預かりボックスのサービスも始まっているようです。サービスの問題を解決するサービスがさらに産まれるという不思議な循環。
深圳大学の学生さんは寝食を忘れるくらいStartup起業活動に没頭しているのでしょう。深圳大学はかなり自由そうだから、何でもできるし、逆に怠惰にもなりそう。。 

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1.4. 深圳の海外の人材を呼び寄せる熱量


深圳市は孔雀計画と言う優秀な人間を特別に支援する政策を行っているそうです。
具体的には、世界トップ100以内の大学の博士号を取った人が深圳市に住んだら、無条件に5000万円の支援をする等。経済力と国力は必ずしもイコールではありませんが、国籍にこだわらずに優秀な人材を深圳に呼び集めようという熱量が凄いと感じました。

また、ハードウェアアクセラレーターのHAXも、世界中からハードウェアベンチャー志望者を集め、111日間の育成プログラムを提供してます。
※HAXの育成プログラムに参加された方々(日本人も含む)の話が掲載されています。

帰国後、日本で高須さんのニコ技深圳観察会のようなものを行う場合、どこを廻るか夢想してみました。秋葉原のDMM.make、大田区の下町の工場、品川のSONY六本木ヒルズのIT企業・・
色々考えられますが、「ふ~ん、日本も凄いんだね」で終わってしまいそうです。
深圳のHAXや孔雀計画のような、リーディングカンパニーを創れるような海外の人材を呼び寄せるような強烈な熱量、起業を支援する仕組みが日本には乏しいように感じました。(知らないだけでしたら申し訳ありません)

深圳には、「ハードウェア世界の中心であり、未来の発信源である」という揺らぎのない信念から来る熱量をひしひしと感じました。

 

 


1.5. 新しい「中国」南山地区


深圳南山地区には深圳大学があり、ハイテクベンチャーが集まっていると前述しました。この南山地区は、今までの中国のイメージを覆すような清潔感溢れる地域になっていました。ソフトウェア産業基地という所にはStartupやベンチャーキャピタルが集まり、オリジナリティ溢れる新しいサービスやプロダクトを開発しているそうです。

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360度カメラで有名な Insta360 の製品には、「Designed by 南山」と書いてあるとか。これは、Apple製品の「Designed By California」を意識しているそうです。Insta360の機能の進化も凄まじく、Insta360本社訪問中に即売会も開かれ、観察会メンバー11人が爆買いしていました。。

 

観察会の後、南山地区の海上世界にも寄ってみました。う~ん、おしゃれ空間が広がっている。。

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海上世界で、中国で初めての温水洗浄便座に会えました!なんて快適な!
中国といえばニーハオトイレが有名ですが(深圳は都会なので、どこもトイレは個室でそれなりに清潔でした)、習近平の政策で、トイレ革命を推進中だそうです。中国全土がこのようなトイレになったら有難いです。。

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2.語学の重要性


「語学は重要」なんて、「1+1は2だ、2+2は4だ」と当然のことを聞かされているような感じがしますが・・少しお付き合いください。。

 

深圳では、英語がコミュニケーションツールとして最大限活用されていました。
観察会で廻った Startup企業のスタッフは英語でのプレゼンは当たり前、街中でも若者と英語で問題なくコミュニケーションが取れました。高須さんを始め観察会参加者は海外留学&勤務経験が豊富な方々が多く、皆、英語プレゼンの内容をしっかり理解しておられ、英語での質疑応答もこなし、凄いなと思いました。
高須さんの英語はわかりやすく力強く、目標到達点の1つです。。

 

私の話ですが、2013年に英検準2級から始めて、2016年にTOEIC800点まで勉強したお陰である程度英語がわかるようになりました。英語の勉強を始めた当時、「いまさら準2級?」とバカにされたり「英語なんて勉強して何か役に立つの?」と揶揄されたりしながらも、歯を食いしばって勉強を頑張り続けてくれた過去の自分と、応援してくれ成長を一緒に喜んでくれた家族、自己啓発支援制度で惜しみない援助をし続けてくれた会社に感謝したい。。もし全く英語も中国もがわからなかったら、観察会に行こうと考えもしなかったと思います。語学は重要です。。

 

深圳は広東州ですが、中国全土から労働者が集まるため、共通語は広東語ではなく北京語となっています。

今回観察会の前に慶應外語の社会人向け中国語講座に四か月通い中国語の基礎を学び、ギークのための中国語講座で発音を学んでおきました。そのお蔭で、2017年のMFSZでは全く通じなかった中国語が少し通じるようになりました。ただ、相手が話し始めるとさっぱりわからなくなるので、引き続き勉強していきたいと思います。
※もっとも、伊藤先生のブログにあるように、一番重要なのは Maker活動ですね。。

 


3.感想というか妄想



3.1. 感想


ゼロから物を作れるということをいつのまにか忘れ、世の中の製品は大企業が大規模な工場でしか作れないものと思い込んでいました。観察会に溢れる情熱を通して、誰でもやろうと思えば製品を作り出せる、ごく普通の人が、様々なツールやサービスを利用することでオリジナリティのある製品を作り出せることに気づかせてもらいました。

 観察会参加者の方々の広範なバックグラウンドや知識、考え方、知的活動にも刺激を受けました。自ら考え動き「ビジネス」を立ち上げている姿勢を取り入れていきたいと思います。

私は15年間ソフトウェアのみやってきました。深圳の南山地区で、ソフトウェアの人材も非常に求められていることに安心しました。ハードウェア、ソフトウェアそれぞれの人材が協力しあって新しいイノベーションを起していけるのだと感じました。

今回の観察会も、様々な技能やバックグランドを持つ方々が刺激しあって新しいビジネスが起きたり等の化学反応が沢山起きていました。今回、観察会に参加できて、本当に良かったです!!

 


3.2. 妄想


良くも悪くも日本製品らしいaiboを深圳で開発したらどうなるか妄想してみました。


街中を自動徘徊して、狂犬病の犬を見つけたら駆除してくれる攻撃型aiboとか。
中国での狂犬病の年間死者数は2000人らしいです。攻撃型aiboを世に放ったら色々問題が起きるかもしれませんが(どんな問題が起きるかはご想像にお任せします)、狂犬病の犠牲者を半分に減らせるなら大陸の文化なら大らかに受け止めてくれるかもしれません。
(でも、狂犬病の犬を駆除する前に、人間に掴まって分解されてしまうかも。。)

 


4.参考サイト、参考文献等


深圳エコシステムについては、以下の高須さんの本が非常に参考になります。熱量に溢れていて、深圳に行きたくなります。(で、私は行きました!)

ニコ技深圳観察会Facebookグループや、高須さんの連載記事等があります。深圳の「今」が書かれています。

 


以下の本の著者の藤岡さんは16年以上深圳で製造業に関わられていて、工場も経営されています。現地での体験談を踏まえた話は非常に説得力があります。

 


以下は観察会に同行して頂き、通訳や解説をして頂いた東京大学准教授の伊藤先生のブログです。現地のフィールドワークを通して得られた様々な知見に溢れています。

 


以下は観察会に同行して頂き、様々な技術支援をしてくださったshaoさんのブログです。ネット環境の準備など、非常に役立ちました。

shaoさんと高口康太さんからリュックサックについてもアドバイスを頂きました。お蔭さまで、PCが入れられ、背中側にポケットがないので海外でも安心に使え、さらにLCCの持ち込み荷物制限にも対応できるリュックを選ぶことができました。


観察会OBの茂田さんが運営している香港⇔深圳移動情報に関するFacebookグループがあります。ここの情報がなければ深圳に辿り着くことも帰ることも出来なかったです。。

 


以下は、ニコ技深圳観察会で製作して頂いた深圳の全体地図となります。

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JETROの深圳スタイルと言う情報誌に、深圳大学の位置が記載されています。

https://www.jetro.go.jp/ext_images/jfile/report/07000525/china_shenzhen_style_pro2.pdf#page=4

 


以下は深圳に行こうと思ったきっかけになった2017年夏のイベントです。StartupWeekend夕張のスタッフのギークハウス管理人の北村さんが「11月にMFSZに行きます~」と言われたのをきっかけに、私の中で深圳へのアンテナが立ちました。